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5月29日【こころのケア班:31日目】とボランティア班 合同 

本日は日曜日の為、こころのケアはお休み。ボランティア6班と合同で瓦礫撤去活動へ
【陸前高田市 米崎小学校前田んぼの瓦礫処理】
8:30に陸前高田市のボランティアセンターにて受付を済ませ、マッチングといわれる場所決めがあり、センターからの指示にて、市内の小高町(被害が大きかった地域)の民家の瓦礫撤去へと向かいました。しかし、手作業の撤去自体は済んでいて、あとは重機での作業のみとの事、ボランティアセンターや地域の代表の方と連絡を取りながら近くを探すも、ほぼ手作業で行うものは済んでおり、機械での作業を残すのみ、ボランティアセンターに向かいながら指示を待ち、米崎町田んぼへ入ることになりました。
11:00過ぎ活動開始。

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瓦礫、どれぐらい時間がかかるんだろうかと思ったのですが。1人1人の力は小さくても、みんなで協力してできたことや、他の方々が入って作業して頂いて、この後も入ってどんどん瓦礫がきれいになっていくんだろうなという思いで参加させて頂きました。
他の県からも色々ときていて、またボランティアにこれなかった人達の思いもあって、本当に日本全体からの強い思いで、できてくるんだと、あの場所にいれただけでも、強い思いを感じました。持ち主の方々もわからないし、持ち主の方々も私たちのこともわからない、田んぼも油も入り、元に戻すまで何年もかかってしまうかもしれないけれど、色々な思いを持ち、瓦礫の撤去をさせて頂きました。最後リアカーを理事長先生と運んだとき、空がきれいだねといった時が、すごく印象的でした。(精神保健福祉士:保田)

瓦礫などと思ってはいたが、ひとつひとつにそれぞれの思い出がつまったものだと感じた。
見えない写真もあったが、自分のものであれば分かるのではという気持ちから考えすぎ、気持ちが落ち込んだときもあった。気分転換で瓦礫を投げまくった。色んな人が力を合わせて少しずつでも、気持ちがいっぱいになり頭の中が空っぽになったときもあったが、協力して一体となれたことも良かった。理事長先生の班が大きな瓦礫を一緒に片付けている様子をみて、今後の自分に役立ていきたいと思った。(臨床心理士:楠木)

一日小雨の中の活動でした。メンバー全員が泥だらけになり、大木やはじめはビクともしなかった鉄骨等協力して取り除いてしまいました。看護次長も顔に泥をつけながら、尻もちをつきながらでした。
皆、必死に作業を行いました。
永遠と続く田んぼの2反しか進みませんでしたが、いつしかこの田んぼ、畑が復活する日を…必ず復活してくれることを望んでいます。(青木)

カテゴリ: 東日本大震災

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ボランティア班6G(5/28)  

【大船渡市 福祉の里センター】
炊き出し(とんかつ):170食 食事の後は交流をさせていただきました。

052802.jpg  さあ不安と期待の炊き出しへ出発、昨晩の目の汗を力に…

☆とんかつ
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    慌ただしく動くメンバー、初のとんかつ炊き出しに必死です。

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    打ち合わせ(マニュアル)通りに工程を進め、次へ次へと展開…

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    ちょっと揚げすぎてしまったトンカツ、初めてなので…2枚目からは順調です。

昼食の提供後は、トンカツを召し上がっていただいた御礼を含め、避難所生活をされている皆様方にご挨拶とお話をさせていただきました。

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≪メンバーより≫
美味しいと言ってくれたことが嬉しかったです。被災された方の話を実際に聞いて、すさまじいものだったんだろろうなと感じました。50歳くらいの女性は、3/11に飼っていたペット(長年一緒に生活をしてきた)を置いて逃げるしかなかった。今も悔やんでいる。ペットはどうなってしまったかわからないと涙。自分も言葉に詰まってしまった。(薬剤師:玉田)

最初は施設の方も遠慮がちで遠目で見ていたいようだったが、だんだんと近づいて声をかけてくれるようになり、やりがいを感じた。そのあと、被災者の方々とお話をする機会を設けていただいた。高齢の方が食べたばかりで寝させてとおっしゃる方もいた。60歳くらいの男性からは、『炊き出しはいろんなところから来るが、簡単なものばかりでとんかつは初めてだった』といってくれた。表情は冴えなく、最初から目を見て話をして下さらなかった、しかしこれで失礼しますといったら目をみて『ご苦労様でした、ありがと、美味しかったよ』といってくれた。(事務:長尾)

トンカツを作らせて頂いて、チームワークができ、すごくいいトンカツ作りができた。
2人のご高齢者の方と話をさせていただきた。お1人はNさんから助けられた人、こういうことあったけど、色々な人に助けられた。今日はおしゃれな服をもらえて、とんかつもサクサクでおいしくて、今日はとても良い日だったといってくれた。
79歳の女性、ご自宅でわんちゃんと一緒に住まれていた、ご家族も近くに住まわれていて、津波がくる際には車できてくれて助かった。しかし、犬を亡くし船を解体するのに6千万。そういった事があり、血圧も高くなっていたが、最近少しずつ落ち着いたと。
色々な話をしてくださり、最後に『ずっといて欲しいは』と言ってくださり…ただトンカツを作ることしかできなかったが、すごく色々な話(辛い事)もして下さって、とても有難い気持ちになりました。(支援相談員:桜井)

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夜のミーティングは昨日に続き涙の報告会になりました。しかし、今日の涙は、不安だったトンカツ作りがなんとかできた安心感、被災され避難所生活をされている方々からの温かいお言葉やお心使いに感謝の涙でした。(青木)

カテゴリ: 東日本大震災

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5月28日【こころのケア班:30日目】  

本日も医師1、看護師1名で活動
夕方にはこころのケアチーム最終班の7班が合流予定。

リアスホール巡回、診察、書類作成など、引き継ぎへの準備にも入りました。

マッサージを施行。
当初から全てのスタッフがマッサージをさせていただいていた。
特に車両K氏のマッサージは好評であった。何人もの人にkさんいないのかと尋ねられた。
前回、本日はそのK氏が施行し効果がものすごくあった人に、『またKさんにやって欲しくて』と言われた。
今日はKさんはいないので、「私でもいいですか?」と聞いて、やらせてもらった。「私で大丈夫でしたか?」と終わったあとにきくと、「よかった」と。言って下さった方が今日も来てくださった。Kさんにマッサージをされた方々は、最初よりもほぐれていた。
また、Nさんは、眠れないといってお薬をもらっていたが、中々お薬を飲むことが不安だった。しかし、やっと昨日飲んだ。薬を飲むことで、自分の今後の仕事への影響などを不安に思っていた。水沢の方へ移ったが。
皆さん被災地の方々同士で、支えあっている、なんとかしなきゃという気持ちが少しずつ持ててきている。(村田)

052801.jpg夕方こころのケアミーティング風景

カテゴリ: 東日本大震災

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ボランティア班6G(5/27)  

いよいよボランティア班は最終の6班が出発になります。
5日間の日程で出発(2日間は炊き出し、1日間は瓦礫撤去作業を行います)

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【出発前に見送りに来られた方よりご挨拶・エールを送られました】

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【6/9のボランティア1班の帰りに一緒になりましたが、またもや埼玉県警の方々です。宮古市に向かわれるとの事、ご苦労様です】

☆陸前高田市
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【陸前高田市役所】             【陸前高田市民会館】

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【陸前高田市米崎町 広田湾沿い 線路も押し流されています】
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【陸前高田市米崎町 広田湾沿い 堤防も完全に破壊されています】

☆こころのケア班と合流(リアスホール前)
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☆夜の法人内ミーティング
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陸前高田市・大船渡市の状況を目の当たりにし、活動自体は明日からではありますが、メンバーの様々な思いが込み上げ活動前夜に涙。しかし、その涙が明日からの活動への力となります。
ボランティアに来ることができない人の為にも、一日一日真剣に与えられたことを精一杯、積極的にやる事が必要。その決意を固めたメンバー一同。(青木)

≪メンバーの参加について思い≫
友人が、被災し地震が起きてからしばらく連絡が取れなかったが、2週間後に生きているとの連絡が届いた。その時はすごく安心したが、情報を聞いていると、自分たちの住んでいるところは停電や物資部不足などあったが凄くちっぽけなのではないかと思った。
ボランティアを探したが、なかなか参加出来るものがなかった。そんなとき、病院で行けることを知り、是非参加したいと志願した。陸前高田を見て、ここは日本ではないのではないか?と感じるくらい瓦礫が酷い状況だった。実際に車から降りて現実だと実感した。臭いや目の当たりにするもの全てが生々しく、町医者の建物も捜索終了となっている張り紙を見て、何にもいえなくなった。(看護助手:川島)

親戚が仙台で被災している。大船渡で家族を亡くした友達がいる。何ができるか分からなかったが、間接的にできることはあって(募金・節電など)も直接できることがなく、今回この機会が支援できるチャンスかなと思って参加しました。現地を見ると、たった何十センチの差で被害が違う。汚い状態で散乱していたり、テレビでは分かりえない状況があった。陸前高田で降りたときに一人おばあさんが住んでいたところがあって、こんな瓦礫で危険なところであっても、ずっと住んできたところだなと思いながらも言葉を失った。
少しでもおいしいご飯を食べて少しでも元気になってもらえたら、やっている意味はあるのかなと思う。これからショックなことはあると思うが、自分が壊れないようにやっていきたい。(介護福祉士:谷澤)

震災の時(3月11日)は、まだ大学生でした。当時『何かやれることがあれば参加しよう』と思っていたが現実何もできなかった。しかし、入職しわずかながらこの機会を与えていただき参加しようと思いました。
炊き出しでは、是非気持ちを届けられるように料理自体経験ないですが、頑張りたいと思ってます
被災地を自分の目で見て、言葉もでない想像を絶するようなこれが現実なのかと思い、地震や津波の恐ろしさを感じました。また、瓦礫の撤去でも力になれるように頑張りたいと思います。(作業療法士:関口)

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5月27日【こころのケア班:29日目】  

本日はこころのケア班の入れ替わりの為、医師1名、看護師1名での活動となりました。
午前:リアスホールの巡視、診療、書類作成
午後:大船渡消防署のスクーリング結果報告、全体ミーティング、こころのケアミーティング

消防署の職員の検査や面接・診療を通して、人の力では限界があって、重機を使わなければならないがその機械で瓦礫を撤去する中で人を探してしまう事も多々あった。その最前線の人たちが大変な苦労と辛く悲しい思いをしているのではとコメントがあった。今は通常業務に戻っているが、震災直後は物資の盗難やずるさを目の当たりにして、辛い思いをされたようです。そしてご自身も被災している方でもあるため、本当に苦労されていると表情や話から感じられた。
きっとそれは消防署の方だけに限らず多くの方がそのような思いや状況であろうと推測される。少しでもその気持ちがほぐれる場面があればと思っていますし、残りの日程をそういう対応をしていきたいと思いました。
診療所を立ち上げるには大変な苦労を理事長や初期メンバーがされた。しかし、被災された方々を救う、少しでも役に立てるようにとするためのことであった。定点定時を設けることで安心感を与えられている気がする。また実際に相談や診療に訪れる方も少なくない。明日から最終の医療班も合流するため、秀峰会の集大成を形にしたい。(看護師:村田)
夕方、ボランティア6班と大船渡市で合流する。
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左:合流しリアスホール前で避難所生活の方々について中村理事長より説明を受けるメンバー
右:リアスホール内診療所にて、今回の取り組みや支援の姿勢、現状況の説明、指導を受けるメンバー(右:中村理事長)

052701.jpg診療所を開設したリアスホール
052702.jpgリアスホールに掲示されている『津波なんかにゃ負けないぞ』

津波に負けていません、人の力、岩手県の方々、大船渡市の方々、リアスホールに避難されている方々は。

カテゴリ: 東日本大震災

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